第一章 般若心経の「空」

 第一節 般若心経とは

般若心経は、かの有名な玄奘三蔵が古代インドの言語であるサンスクリット語の原典から漢文に訳した『大般若経』 (全六百巻 六六三年)を凝集させたものである。中村元・紀野一義両氏の『般若心経・金剛般若経』によると、日本の仏教はほとんどすべて大乗仏教に属するものであるが、大乗仏教の根本思想は、空の理法をさとることであると言われている。空の理法は、詳しく説けば限りがなく、『大般若経』六百巻のようなものが成立したが、簡単に説けば、この短い『般若心経』一巻の中におさまると言われている。そのためにこの『般若心経』は、日本では浄土教や日蓮宗以外のほとんどすべての宗派によって重んぜられ、講説され、読誦されている。このように、般若心経は、昔から日本人にとってなじみの深い経であり、三百字足らずという短さから、一般の人でもまる暗記していたり、「色即是空、空即是色」という言葉を知っていたりする。

また、『般若心経』は日本だけでなく、漢訳大蔵経を読誦する東アジア仏教圏に属する韓国、台湾、中国、香港や、東南アジアの華人社会の寺院においても読誦されている。

この『般若心経』にはいくつもの漢訳があるとされているが、大正新脩大藏經に所蔵されているものは七つである。<1>鳩摩羅什訳 摩詞般若波羅蜜大明呪経 <2>玄奘訳 般若波羅蜜多心経 <3>法月訳 普遍智蔵般若波羅蜜多経 <4>般若共利言等訳 般若披羅蜜多心経 <5>施護訳 仏説聖仏母般若波羅蜜多経 <6>知慧輪訳 般若波羅蜜多心経 <7>法成訳 般若波羅蜜多心経(敦煌本)。これらの中で一般的で有名なのが玄奘訳とされている『般若波羅蜜多心経』で、これをもとに『般若心経』について進めていきたい。

ところで般若とは、サンスクリット語「プラジニャー」、インドの地方語であったパーリ語「パンニャ」からの音写で、さとりの智慧、さとりを得る真実の智慧のことである。

そのさとり、または真実とは、個々の現象を分析して判断する識から出発して、これを越え、すべてを全体的に把握するようになることであるという。

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