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日本歌曲(日本語)の歌い方・
表現の方法について

日本人は表現が乏しい、とよく外国人と比較される。
たしかに日本人は生活習慣の中で表現が少なく、あまり大げさに振る舞わないほうが美徳、とされているからだと思う。
しかしそれは言葉によるものもおおいにあると思う。
新聞紙上で、詩人の高橋睦朗氏が「詩歌における音声上の日本語の表現力は、英語より格段に劣っている」と書いていた。
だからといって全然表現が乏しい、と言ってしまうのも間違いであると思う。
日常会話の中や歌謡曲などを聞いていると、そんなに「不表情」であるとは思わない。
特に演歌の世界では泣かせる歌手も多い。
問題はクラシックにあると思う。
日本語という言葉はクラシック向きではない、ということであろうか、私は音声にひとつの問題点があると思っている。
クラシックで発声を勉強すると、ベルカントとかいろいろな発声があるが、ほとんどはイタリアオペラを歌うための発声を行っている。
たしかにイタリア語には向いているが、日本語の歌には向いているとは思わない。
むしろ、ドイツ歌曲のほうが日本歌曲を歌うに向いていると思う。
日本歌曲を歌うには、以上のような点を考慮して歌わなければならない、と私は考えている。

以下は、日本歌曲を歌うことについて、私の考え方を述べてあります。


@歌曲とはトリオである

歌曲を歌う場合、ピアノ伴奏は大変重要な要素を占めている。
ドイツ・リートがまさしくそれであり、日本歌曲においても同じことである。
ピアノは単なる伴奏ではなく、歌曲を歌うとき、ピアノはその歌の世界を表現する重要な役割を果たしている。
もうひとつは歌詞(言葉)である。
これもその歌を表現するための重要な要素である。
ただ丁寧に言葉を発音するだけでは、表現したことにならない。
歌曲とは、歌(声・旋律)と言葉(詩の朗読)とピアノのトリオである。
(歌い手は二役を行う。)


A発声、声帯の問題

歌を勉強している人の中には、良い発声で良い声で歌えば歌はうまいんだ、と思っている人が多い。
たしかにうまく聞こえるのだが、オペラのアリアではともかく、歌曲では決してうまいとは言えない。
歌詞の内容を表現してこそ歌は上手だといえる。
イタリアオペラ・イタリア歌曲にはイタリア的な発声方法、ドイツ歌曲にはドイツ的な発声方法、日本歌曲にはやはり日本語を表現するにふさわしい発声方法があってしかるべきで、発声方法はその言葉と密接に関係していると思う。
今現在、日本歌曲の発声方法が確立していないことから、どういう発声をしたらよいのだろうか。
答えは簡単に出ない。
日本人の声帯は日本語に向いている、というより、この言葉を発しているうちに邦楽や民謡を歌うような、今のような堅めの発声になったのであろう。
だから日本歌曲を歌うには、西洋的な響鳴をつけるのでなく、今持っている個々の声帯を、そのままクラシックを歌うための声帯にする筋肉トレーニングをし、つまりは声帯を良くし、良い声をつくる訓練がよいのだと思う。
特にアマチュアや声量の小さい人を、無理やりイタリア・オペラを歌うような発声方法を押しつけることは避けなければならない。
イタリア・オペラもドイツ歌曲も日本歌曲も、ごちゃまぜに歌うのは問題である。
日本人はもっと、日本歌曲を歌うことが必要なのではないだろうか。


Bどう歌ったら表現が出来るか

日本語の表現力は英語より劣る、という指摘を先にも書いたが、どこの言葉であっても、歌う前に言葉の意味や表現を理解することが必要である。
ドイツ歌曲においては、250年も前にゲーテが「歌う前によく歌詞を読みなさい、表現するのは曲ではなく歌い手である」と言っている。
ブラームスも「歌う前に歌詞をよく読んで、詩の内容を理解してから歌いなさい」と言っている。
歌う前に歌詞を声に出して読むこと、人前で朗読できるくらいすらすらと読めるようになることが肝心だ。

日本語は表現しづらい。
ではなぜ表現がしづらいのか。
それには日本語の構成、特質を探求することも必要である。
外国語は、単語の積み重ねで成り立っていて、ひとつひとつに「音」が独立してあり、アクセントもひとつひとつにある。
この違いに、日本語の歌詞の歌い方の難しさがある。
これを解決するには前述のように、歌詞をよく読んで内容を理解し、すらすらと読めるようにすることしか方法がない。
本当に表現出来ているか、テープに録って後で聞くことが大事である。
そして、表現出来ている人のCDを聞き比べることも大切だ。
日本歌曲は、その詩のもっている抒情感を現すことがもっとも必要であり、それによって聞き手に感動を与えることになる。


以上が私が歌曲を勉強し、そしてこのCDを作った思い、実際に行ったことを書き出してみた。
参考になれば幸いです。

(父の書いた原文を読みやすくするため、加筆・修正をしています。)

五味比左志〜合唱とともに〜