アニメ版 彼氏彼女の事情 ACT1.0
私は 人の目にどう映るのだろうか。
「宮沢さん ノートありがとう 助かっちゃった チョーキレイなノートだったよ さっすが宮沢さん」
「ううん… これくらい カゼはもういいの?」
「もう すっかり」
「宮沢さーん 被服の提出 今日までだよね 私たち まだできてないの」
「んー… じゃ 先生にうまく言って 放課後まで伸ばしてもらうよ」
「やったー」
「宮沢さーん 宮沢さーん 宮沢さーん」
私は 人の目にどう映るのだろうか。
「宮沢さんって すごいよね」
「頭いいし 性格いいし、かわいいし 優等生ぶったとこ全然ないし 本当あこがれちゃう こんな人もいるんだなぁ…って思うわ」
…ふっふっふっふっふっ……
やはり…… 人の目には そう映ってしまうのか……
群衆より 抜きん出た者 人々のあこがれの対象として……
私は そんな自分がとても好きだ
でも この高校に入学した以来 私はイラついている
「マジ うちの級長はふたりともすごいよね」
「うん」
なぜなら
「あっ 有馬君 同じクラスになってよかったーっ」
元凶はすべてこいつだ! 有馬総一郎!!
「たっだいまーっ」
「ぶっかつー ぶっかつーっ」
「雪野姉ちゃん ただいまーッ」
「あっ、おっかえりー 月ちゃん 花野ちゃん」
「お姉ちゃん…… あいかわらず ユカイなカッコだね〜っ」
「え〜 いいじゃん だって… コレが一番勉強しやすいんだもん…」
ここで皆さん 学校とは随分のギャップじゃねぇかとお思いかも知れませんが
…そう 私は 見栄っぱりである!
「上品なワタシ」はただのソトヅラ!
性格いいなんて 大ウソ!!
ほんとは私は 誰より人に尊敬されたり アコガレられたり 特別扱いされたり ちやほやされたり 一番をとるのが大好きなだけの―――
見栄王ーなのです……
「お姉ちゃん そんな格好で威張っても…」
「いっただきます」
「―――でもさ 本当にお姉ちゃんの見栄にかける情熱ってすごいよね 一番とるためなら平気に徹夜するし 体育でヒロインするために秘密特訓も欠かさないし 少しでも美人にみせかけるために 美の追求も怠らないし そこまでして人によく見られたいかってかんじだよね」
「家じゃ ダラダラしてるしさ わがままで 強情で だだっこなのに……」
「い〜じゃんよ〜 家でぐらい のほほんと油断しなきゃ疲れちまうよ」
「じゃ 気取るの やめればっ!」
「そう 外で会うと一瞬 誰だかわかんないもんね〜」
「去年まで 同じ中学校だったからさー 校内で お姉ちゃんが軽やかに歩いてるのみるたび 寒気が走ったよ」
「あれも慣れると 面白いけど」
「そうそう! 雪野 近所中にアイソふりまくからさ 人様から『ホントに清らかなお嬢さんで…』って言われるたび ふきだしそにあるのよねー」
「ほっ! 雪野は幼稚園に入るころから 人前じゃ 自分をつくっていたよ 見栄はもう 雪野の体の一部なのかもしれないねえ…」
「みんななんで――? どうして普通でいられるか わらないよ 私さ…… 尊敬とアコガレの目でみつめられると…… 背中がぞくぞく…ってするんだよね」
「ヘンタイがいる… うちの中にひとりヘンタイがいる…」
「まっ そのステキな私を演じるためには 一瞬たりとも気が抜けなくて ちょっひり疲れるけどね」
「何がそこまでして人にホメられたい!?」
「いや 平凡でもきままなほうが…」
「ヘンタイよりはましよね」
「うん」
「……でもさ お姉ちゃん 最近敵がいるんでしょ?」
「……! そう ここで奴に負けるわけにはいかないのよっっ」
そうなのだ
この調子で中学までは うまく世間をだまくらかしてきた私なのだが はじめて敵が現れたのである
話しは 入学式にさかのぼる
私はちょっとクサっていた
せっかく入試で一番とって 学年総代になろうと思ってたのに 私は指名されなかったからだ
あんなに猛勉強したのに…… 私より上がいるだとォ!? せっかく総代になって いつ私の存在、初日からぶつかなえてやろうと思っていたのに 高校デビューの計画がだいなしだわ そんな私の人生設計をジャマするやつは きっとクライ ガリ勉野郎に違いない
「新入生代表 有馬総一郎くん」
「はい」
「オ〜!!」
……案の定 やつは クラスの話題をひとりじめにした
わが人生15年 こんな屈辱ははじめてだわっっ
だから決めたのよ 必ずやつを倒すってね! そして私のステキさをみんなに 気付かせなければならないの!!
「……つまり自分がデビューをするはずが その人にデビューされてしまったわけね」
「お姉ちゃん… そこまでして人様に注目されたいのか…」
「あったりまえじゃん! ホメ言葉は 生きる力の源なのよ! しかもさ〜 そいつ 性格も運動神経もよくって〜 大病院の院長のひとり息子なんだってさ〜
っ …チョームカつく! もう二度と奴に一番なんか取らせはしないっ ジャマしてジャマしてジャマをして… おぼっちゃまに 人生の厳しさを教えてやらなければならないのよっ!」
「はっ びんぼーにんのヒガミは 見苦しいですよ お姉さん 自己の問題の転嫁はさておき 井の中の蛙が大海を教えてもらったことを むしろ彼に感謝しべきなのでは」
「イイイ!! 花野は黙ってなさいよ! なまきなやつ」
「怖い…… 見栄のためだけに ここまで人を憎める姉が……」
「おはよう 宮沢さん」
「あ おはよう 有馬くん」
(げぇっ、有馬!)
「毎朝 早いね」
「ううん 有馬くんこそ」
(朝っぱらから 会いたくね〜やつに会っちまったよ〜っ でも私の鉄壁なマスクは こんなことでは崩れないのさ)
「僕は部活やってるから」
「剣道部なんだよね 練習 大変そうね」
「うん 朝は6時から 夜は8時までやってるよ」
「そんなに? それでもちゃんと 勉強と両立してるんだから えらいわよね すごいわ」
「あはっ、いやぁ……」
…なにを照れてるのかしら
「宮沢さんこそ しっかりしてて 頭も良いのに 学級委員の仕事とかしても手際良いし 高校にはこういうすごい人がいるんだなって 改めて世界の広さと 井の中の蛙でいた自分に気付くよ」
「そんな… 私なんか」
「へへへっ」
ふ…… 愚かな有馬 目の前のナイスな相棒は やがてあんたを地獄につきおとす女なのよ………
ふう やっと解けた…
「ええ〜っ わかんない ここ」
「ね 有馬くん ここ教えて?」
「うん いいよ」
「ああ これは 判別式の解と係数の解を利用するんだ だから こう……」
「あ そうか!」
「有馬―― 俺らにも教えて――」
「どーせだから 班つくってやろうぜ」
「それい――! 机合わせて やろう やろう」
「だからね 手で投げると方向くるっちゃうから なるべくヒザでね こう……」
「うわ〜 ナイス」
「ねえ!有馬くん 試合でてるよ」
「ええっ 見る見る!」
「さっき シュートうったよ!」
「カッコよかった」
「有馬くん 剣道部でも3年生に負けないってね」
「本当? うちって県でも強いんでしょ?」
「そう 道着がさ また似合うんだよ」
「ホント カッコイイよね ああっ! カッコイイー 有馬くんっ」
「…じゃ この『給へ』の活用を ……… 有馬」
「はい 謙譲の補助動詞で 下二段活用の未然形ですか?」
「『ましか』は?」
「反実仮想の助動詞の已然形です」
「うん 結構」
「オ〜!!」
ちっ いままでは 皆の注目を集めるのも 先生に信頼されるのも 私の役割だったのに
くっそ〜 あいつさえいなきゃ ほっといても私が注目されたのに!
寒い! 寒いっスよ! 一般市民として埋没してるのがッ みんなにホメられたい 認められたい かまわれたい〜ッ
ふん くそっ めざわりだぜ 有馬!! 見てなさい! あんたを地獄につきおとすのは この私よ!!
ねむい… ここんとこ ずっと徹夜で勉強してるしなー ヤツに勝つために
いかん いかん ここでバクスイしまったら あいつの思うツボ
ゲっ! 危なかった 今ものすごくヤな死にかたするとこだった まず今の見られなかったよね 私のイ・メ・ー・ジが…
「宮沢さん」
「ハ… ハイ」
「ああいうのは危ないから しないほうがいいよ」
有馬めぇ〜っ ムカつくっ ムカつくっ ムカつくっ ムカつくっ
絶対絶対 奴を負かす!!
「では これで今週の定例会議を終了します 解散」
「この学校って やたら委員会の集まりが多いよね こんな大変だと思わなかった」
「うん……でも それだけ生徒の自治にゆだねられてるということだから やりがいあるって思わなきゃいけないよね」
「……… 宮沢さんて 大人だよね」
(やかましいわ)
「あっ そうだ 宮沢さん」
「はい?」
「宮沢さんて どんな音楽聞くの?」
「え……音楽? 私は ブラームスかな…… あの重厚で壮麗な音楽は 魂に訴えるものがあるわ」
(ホントは私 ヒデキがだいすきなんだよね)
「特にピアノ協奏曲の二番が好きなの でも カール・ペ−ム指揮のものが聴きたいけど みつからないの」
(特に『ブーメラン』がすきなんだけど あれはチョー仕打ちよね うん)
「ああ そのCDなら うちにあるよ よかったら 今度かすよ もうすぐ中間テストだから 終わったくらいに」
「本当? ありがとう!」
(コイツ… おぼっちゃまだ…)
「宮沢さん! 今帰り?」
「うん 有馬くん 部活は?」
「テスト前だから 今週はなし」
「宮沢さん 南武線だよね 途中まで一緒していい?」
「うん いいよ」
(いやじゃ〜っ)
「ほほほほ! さァって 今日も勉強 勉強」
「お姉ちゃん たまには一緒にあそぼうよ 高校に入ってから ちっとも遊んでくれないじゃん〜」
「だめだっ 私は調子にのってる有馬を倒さなければならないんだからっ」
「はぁーん お姉ちゃんが有馬くんに取られちゃったよ…… まえはいっぱい あそんでくれたのにぃっ〜 つまんない つまんない」
「だいたい 調子にのって てんぐになってるのって お姉ちゃんのことじゃん」
「はあっ!? どうしてそうつっこむのよ!」
私は なにかに とりつかれたよーに 勉強していた なんとなく 一番をとって注目されたい…というよりは "有馬に勝ちたい"に 少しずつ目的が変化してるような気がしてた 負けたらやつは どんな顔をするのかしら?
「わあ! 宮沢さん すっごい やっぱりすごいんだね――っ」
「おめでとう!」
「有馬もすごいって思ってたけど 宮沢さんもやるな」
「いままで 気付かなかったよ」
「あの有馬くんに勝てるなんて 尊敬しちゃう」
「すごい!」
やった!!
久しぶりだわ この称賛のひびき ああっ きもちいい……
有馬に勝ったーっ! 宮沢雪野 高校デビュー!
さようなら ひどい姿をさらしていたこれまでの私 改めてこんにちは 本来の姿を表すこれからの私
「ああ 宮沢さん」
来たわね 有馬 でも もうあんたの天下じゃないのよ
いまからあんたは 暗々たる気分につつまれ 屈辱の炎に身をこがし 私の代わり 私の味わった 私と同じ地獄を見るのよ
そのときこそ「今度はがんばってくださいね」なんていう同情と哀れみのこもった言葉をかけて より勝利を具象化した 確実なものにしてやるのよ さあ 私の前に 屈辱にゆがんだその顔を…
「やっぱり 宮沢さんはすごいや」
へっ? まてよ なんだ そのリアクションは こんなの予想してなかったぞ
私は 有馬を抜きさえすれば 奴に勝てるのかと…
なんだろう 勝ったのにうれしくない …っていうよりは なんか違う
考えればわったのに 成績や見栄にこだわっていたのは私ひとりで 有馬はもとからそんなものにかまってはいなかった
勝とうなんて下心がなくても 人に認められてた だから…
あの人は ホンモノなんだ……
恥ずかしい その「ホンモノ」とあまりに違う自分が
こういう私が さもいい人げにふるまって 皆をだましてきたっていうのは
「偽善」
っていうんじゃないか?
いつのごろだったなんだろう 人にほめるのはうれしいと思いはじめたのは
「えらいのねぇ ほんとにしっかりしてていい子ね」
あれは甘いひびきだった もっと聞きたいと思った
「逆あがりができるようになれば もっとびっくりさせられるかなぁ」
「ピアノをうまくひけたら」
「漢字を書けるようになれば」
「学級委員になれば」
「テストで一番をとれば」
よく考えると 私ってなんてウケねらいな女なんだ……
もし 私が「本当の自分」をのびのびと育ていたら 世をゆるがすお笑い芸人になっていたかもしれない しまった! 国民的超人気番組に出て お茶の間の人気ものになってたかもしれないじゃない!
なんてふうに 自分を実際以上に見せかけたって 疲れただけで 自分と違う生き物になろうなんて バカなことだったのだ
バカ バカ 私のバカ!
ああ なんかユウツ……
有馬と 顔合わせたくないなぁ だったら ギリギリに登校すりゃいいんだけど 長年の習慣で朝イチに来ちゃうあたり…
で ヒマだから 勉強をしちゃったりして
あっ そうだ 音楽室へいこう ピアノでも弾いていりゃ ホームルームまで……
あ イタタタタ…
「あ ごめん」
「あッ ご―― ごめん! なさい!」
(くそっ なんでマヌケなトコばっか でくわすんだッ もう 逃げるんだ!! 私は負け犬なんだー)
「…… 誰も来てないの?」
「待って! 覚えててね 僕は宮沢さんを 好きだから」
「へっへっへっへっ へ――っ なかなかいーもんだねェ 告白されるってゆーのは」
「姉ちゃん 前からもてていてたじゃん」
「相手が あの有馬だってのがポイントなのよ 私もー 勝ち負けとかどーでもよくなっちゃった だってやつは 私にホレてんだもんなー 恋愛のおきて 愛は愛された方が勝ちなのね」
「で どうしたの?」
「え? モチ 断っちゃったよ 本性バレたらやだもん やつは さびしい目をして去っていったよ ははは」
「……いいの?」
「? 何が?」
「雪野お姉ちゃん その人のこと『きらい』だったの? わたし お姉ちゃんがその人にかまうのって コンプレックスあるからかと思ってた」
「んー… たしかに そーいえば コンプレックスだなー」
「お姉ちゃん 『コンプレックス』っていうのはさ 裏返せば ”自分が絶対なりえないものに対するアコガレ”なんじゃないのかな」
……あれ? たしかに あの頭のよさや 感じのよさそうな 皆から好かれる性格とかって あれは… いつも自分が近づこうとしていたイメージ というより 理想のイメージ にぴったり
「あ――ッ しまった――ッ!! そうか… よく考えるといい男なんじゃないか……」
「でしょう? いまのお姉ちゃんが置かれてる状況を 楽しい歌と漫画で説明してみました」
「私 やつを そーゆーふーに見たことなかったからさー… うう…… 早まったことを …… ま 断っちゃったもんは仕方ない 寝るわ」
「なに!? そーくるか!? お姉ちゃんって… あの人はまだ子供なんだよ…」
「花野―― おかねは?」
「机の上――っ!!」
「前売り券は?」
「わたし もってるっ」
「くしある?」
「自分で探してよっ」
「ええ ないよ」
「傘もっていったほうがいいよぉ 午後からくずれるってさー」
「ホントに行かないの? 映画おもしろいよ 遊ぼうよ」
「いや 私はい〜 テストの疲れが…」
「月野姉ちゃん 急いでっ 映画はじまっちゃうよッ もー ねぼうするからぁ!」
「いやいや〜 すいませんねー」
「もう 反省してよ!」
「ふー しずかになった おとーさんおかーさんは買い物だし せっかくの週に一度の日曜日 やっぱ 家でダラダラがいちばんだね うん」
その日 どうしてその時 油断したのか
「月野だな やっぱり傘忘れたんだ はいはい はーいっ」
私は
「うりゃーっ ホラ 忘れもんだよーんっ」
私は いままで絶対にしなかったミスを した
「……あの… ブ、ブラームスのCD… ち 近くまで来たついでに… 届けようと思って……」
…それでも有馬は 礼儀正しくふるまおうとする
…恐るべき精神力と自制心である
いや りっぱなやつだ
その有馬の人生の中で ここまで彼の気を動転させた女は おそらく私がはじめてだと思う
今日は それを誇りと感じることで よしとすることにした