福祉施設へ転職しよう!
1 私の場合です
一般企業から、知的障害者の授産施設へ就職を決めた経験からのアドバイスです。

私は千葉県に住み、福祉系の4年大学を平成6年の春に卒業しました。営業を4年2ヶ月勤め、ブランク(無職フリーター)は2年3ヶ月ありました。採用されたときの年齢は29才です。
とにかく会社(営業)を辞め、心身ともに休養することが必要な状況でしたでした。次の仕事を決めるとき、
@家を出る、A自然の多いところ、だけど東京に出るのはさほどタイヘンでない場所、B職場と住まいの接近、C仕事半分遊び半分を目指す、
といったことのみを考えてました。
仕事をやめてから1年は、本格的には次の仕事のことなど考えたくありませんでした。


2 ホームヘルパー2級を取る
とりあえずお金と時間は自由に使えたので、ホームヘルパー2級を取りました。とくに介護の世界を目指したわけでなく、大学で何の資格も取らなかった経験から、「取れる資格は取りやすいときに取ったほうがいい」と思いました。
たとえ介護の世界に入ろうと決意したとしても、現在の雇用状況では少なくても、ヘルパーの資格すらなければ応募資格もない状況なので、「ひょんなところで必要になったら儲けもの」といった意識でした。


3 ハローワークに通う
次の仕事のことは考えないといっても、雇用保険の受給をしにハローワークに行かなければなりません。それに、下準備で求人動向を把握しておいたほうがいいと考え、地元のハローワークだけでなく、転居してもいい地区内のハローワークにも足を運びました。

ハローワークは、どこの誰でも自由に求人票を見ることができます。そして必ず、その県で最大のハローワークに一目を置いてました。
東京都なら福祉重点型の池袋、埼玉県なら大宮、神奈川県なら横浜、千葉県なら千葉です。これらは、その地区の求人票だけでなく、県内は広く、県外の求人票も多少は抱えてます。
私は、千葉・東京・神奈川・埼玉・茨城のほとんどのハローワークに通いました。
しかし、福祉関係の求人情報の量は、福祉人材センターには劣ります。
ハローワークで福祉系の求人が一番多いのは民間のヘルパー会社、次は老人系の施設、それ以外の求人はめったにお目にかかれません。それがわかりはじめて、ハローワークには通わなくなりました。
ずっと通っていたのは池袋のハローワークだけでした。


4 福祉人材センターに通う
各都道府県に1ヶ所あります。(ないところもあったような記憶もあるが。)
どこの人材センターでも、求職登録を求められます。2〜3月毎に更新を行ないます。
ところによっては求職登録カードを提示しないと、求人票を見ることはできません。
ところによっては、求人票のダイジェスト版を毎月郵送してくれるところもあれば、年に1回のところもあります。
送られてくる情報は古いので、やはり通うしかありません。

私は、関東の一都六県全部と、そして周辺の静岡・山梨・長野にも登録しました。しだいに求人の多い県、少ない県があるのがわかり、登録だけは継続させ、東京・神奈川・埼玉・群馬、求人が少ないけど地元の千葉だけを通うことにしました。
平均的には1ヶ月に1回、求人が少ない時期は2ヶ月に1回、最盛期には2週間に1回通いました。
福祉人材センターの情報は、インターネットでも得られます。
http://www.shakyo.or.jp/hot/cgi/index01.asp
(このURLは度々変更され、よく行方不明になります。)
ネットの情報も1週間のタイムラグがありますし、全部掲載されているわけではありません。だけど、通わなくなった人材センターの情報を得るのには役に立ちました。


5 福祉系就職フェアに参加する
福祉人材センターもハローワークも、4月から6月までは求人がほとんどありません。7月以降になると、各都道府県で就職フェアが開催されるので、それに参加します。その頃から少しずつ求人が増えていきます。
9月から2月までが求人のピークで、3月になるとどんどん減っていきます。その間、多くの学生にまじって奮闘することになります。ライバルは学生です。
就職フェアは、どんなところから求人がきていて、どんな仕事をしているのか、現場の話しを聞けるチャンスです。

また、就職フェアでの面接は、第一次面接であることがあります。
「追って面接の日時をお知らせします」と言われ、知らせがないこともありました。

漠然と福祉の世界での就職をと考え、どの分野の何の仕事に就こうかなんて考えが固まってないころは、目的意識もなくプラ〜と出かけては求人情報のレジメを読み、会場を一回りして帰るなんてことを何度もしました。
そんなのでもいいと思います。そのうち、回数がものを言いますよ!


6 大型免許を取る
「狭き門」を突破するのに、少しでも倍率の低いところをぬっていく必要がありました。
大型免許の「所持希望」や「必需」が掲げられている求人が全体の1割くらいありました。送迎などでバスを運転できる人を求めているのです。
福祉の世界を目指している人で、大型免許を持っている人はそういないと思います。そういうところを狙う必要を感じたのです。


7 とにかく行動する
行動しなければ、情報も得られないし、考える素材も得られないし、チャンスもやってきません。片っぱしから情報をつかみ、自分が興味あることと、自分ができることと、自分がしたいことの接点を見出す作業を続けます。

福祉人材センターや各都道府県の公文書図書館や公文書の販売所ヘ行って、どこに何の施設があるかを調べたり、資格の本や福祉の仕事の本を読んだりしました。
せっぱつまらないと、やりたいことが何なのか見つかりません。でも時間をかけないと、自分の中が整理・再構築できません。
1年のブランクは望んでしましたが、2年のブランクはあせっていました。

思い悩んでた頃に、自分に言い聞かせていた言葉です。
    やってみりゃいいじゃん。
    やってみなきゃわかんない。
    できない理由を並び立てても先には進めない。
    解決には自らに痛みを伴う。


8 施設の情報をつかむ
その施設は、利用者がどんな仕事(生活)をしているのか、知る必要があります。
福祉人材センターに行って、その施設のパンフレットや広報を読んだり、卒業した大学へ行って、過去の資料を探りました。

利用者がしている仕事につながる、能力や興味が自分にあるかを考えます。
その職場はどんな職員を望んでいるのか、を推察します。
その職場で自分がどんなことができるのか、今後どんなことをしたいのか、をアピールするための資料を探すのです。
どんなことをしている施設かがわからないと、面接でアピールができません。


9 見学に行ってみる
福祉施設への就職には他の業界にはない、見学や実習があります。
求人が出てなくても、就職活動の一貫であることを説明し、施設側が忙しくなければ、見学させてくれるところが多いです。
百聞は一見にしかずです。
コネを作るチャンスにもなります。(履歴書を置いてくるとか。)
求人情報の探りも入れられます。(公に募集をかけないところもあります。)

面接に行くと、1日〜1週間程度の実習を課せられることがあります。
私はボランティアの経験がまったくなかったので見学・実習は、施設の業務内容、職員や利用者の雰囲気、違いや良い部分を観察する機会として重宝しました。また、見学を課せられなくても、望んで見学をお願いしました。


10 気軽に見学・面接に応募する
応募条件に合うものなら、気軽に見学・面接に応募するようになりました。
そもそも私には、年齢や資格、雇用形態、賃金等で、応募条件に当てはまる求人がたくさんあるわけではないからです。倍率はどれもこれも何十倍です。
変に力が入らず、「採用されなくてもいいよ」とばかりに見学・面接に望まなければ、気持ちはやっていかれません。そうでもしないと、本当に採用が遠のきます。

今のキビシイ雇用状況では、数多く打たなければ弾は当たりません。打たれ強くならなければ、面接官の質問に「もっともらしい」返答ができません。(ウソも方便。)
「どうせ受からない」と考え、挑み続けてはいたけれど、面接のノウハウは確実に蓄積していきました。


11 とにかく"場"を多く踏む
面接でも見学でも数を重ねると、どんなことを聞かれるのか、傾向が見えてきます。
上手く答えられなかったものは、次回の面接までに返答を考えましょう。
どんな返答がいいのかわからない場合は、考え続けましょう。
見学でも面接でも、行った先でお話してくれる人から、たくさんのヒントを得られます。
そのときに、その施設ではどんな人を望んでいるのか見えてきます。というより、どんな人を望んでいるかを提示してくれます。
だから"場"を重ねるしかありません。


12 面接に挑む前に
履歴書は、面接官が私に面接をするための「材料」となるのです。
履歴書の内容が面接官の興味を引くか引かないかで、勝負の第一歩が始まってます。
そのかなめとなっているのが、志望動機です。

これは、「自分」を買ってもらうための「営業」なのです。
あなたは買物をするとき、何の基準で選びますか?
安さだけですか?
品質の良さも考えませんか?
限定品とか、他にないものに心引かれませんか?
それは求人も同じです。
どんな品物なら買いたくなるか、買い手(採用側)の意識を感じることが大事なのです。
だからあなたは、買ってもらうための「営業努力」を必要とするのです。


13 志望動機・アピールが肝心
転職者には、即戦力が求められます。資格があるだけではハネられます。資格があって技術の積み重ねがあって、施設側が求めている人材像に合致してなければダメなのです。
施設側が求めている人材像の上にのり、そこに私独自の意見やアイディアをぶつけることができれば、成功する確率は大きいです。
私はこの職場で「(能力として)こういうことができる」「こういうことを目指してる」とアピールしたものが、その施設が欲しがっている能力や目指しているものが一致したとき、または予想だにしなかったとき、採用となるのです。
この人を採りたい!と思わせなければならないのです。

  • これまでどんな会社・施設で(事業内容、規模、所属など)
  • 具体的にどういう仕事をしてきたか
  • どんな実績を上げたか
  • そして仕事を通じて何を学び、何を身に付けたか
  • 退職理由(なぜ辞めたかでなく、これから何をやりたいからか)
  • 受ける施設と畑違いの経歴を武器にする
  • 資格・免許を取得した理由
  • 自己紹介は「何ができるか」、志望動機は「何をやりたいか」。その施設にとって、自分が採用されることがメリットであり、役に立つ存在であることをアピール
あとは面接官との相性です。
面接の場では、普段思ってることや考えてることの2割も話せないでしょう。
とにかく伝える努力をし、インパクトを与えなければならないのです。


14 福祉の世界の面接はヘン?
面接の形態には2種類・3通りがあります。

@施設長・理事長・主任等、数人の面接官を迎えて行なう複数対1。
A施設長1人のみの1対1。
複数対1の場合は必ず、志望動機からその他いろいろなことを質問されます。
1対1の場合だと、@同じように志望動機からしゃべらせる場合と、A施設長がほとんどしゃべって終わる場合とがあります。

私の場合、1〜2年のブランクについて、とくに突っ込まれる質問はされませんでした。実家から遠い施設ばかり応募したので、家を出ることに反対されなかったかは必ず聞かれました。なぜ福祉の大学を出て福祉の仕事に就かなかったのかも必ず質問されました。

私が採用された施設では1対1で、施設長がほとんどしゃべって終わってしまいました。その代わり、実習期間中毎日レポート(感想や意見)を書かされました。実習初日は午後から職員会議でした。職員が会議している横で、思っていることをここぞとばかりに、ひたすらダラダラと書き綴りました。


15 私の志望動機の遍歴
分野をしぼっていく過程と、志望動機の遍歴を公開します。


15-1
ホームヘルパーの資格を取ったことで、少し考えました。
ホームヘルパーの職務姿勢が「相手の視線に立つ」「何を望んでいるのかを引き出す」「受け入れる」というのは、私が目標としていた生き方と同じでした。(その当時は。今の目標は、人のことなんでどうでもよく、自分のことだけ考えて生きたい。)
だけどこの業界の今後の見通し(給料・処遇・仕事の内容)が立ちません。
まだ遊びたい時期でもあったので、何の求職活動もしませんでした。


15-2
これまでずっと、子どもの心について勉強してきました。
児童養護施設には、心の問題を抱えた子どもがたくさんいます。(児童養護施設とは、家庭での養育が困難な子どもが暮らす施設です。)
私にも似たような部分があります。
自分に似たような人との関わりは、同感はできるけど、根本的な解決をしようとするだけの力が足りません。傷の舐め合いにしかならないのです。
けっこうな数の施設に見学・面接しました。それで自分の能力の限界を知りました。


15-3
自分の最大のアピールポイントは、一般企業の就労経験です。福祉の世界でそれに一番近いのが、作業所・授産施設・福祉工場といったところです。
老人分野と同じく平成15年からは、障害分野も自己独立採算性が求められるようになります。いわば施設も「企業化」されるということです。
そうしたら、利用者を「労働者」「労働力」として仕事を求め、利益を上げて拡大していく面が必要になるのではないでしょうか。そうしたとき「営業」が求められるでしょう。

身体障害者の施設からの求人はまったくなかったので、成り行きで知的障害者にしぼられました。しかし志望動機も定まらず、パートでもと考え、求職活動を始めました。



15-3-1
<履歴書の志望動機の内容>
    今後の就職活動での志望分野を考える上で、今まで馴染みのなかった障害分野について、本などで再勉強するよりも、たとえ3ヶ月でも実際に働いてみたほうがより理解が増すのではないかと考え、志望しました。

    知的障害者について、裏表のない、ストレートな心情表現ができる人がいる、という側面において、興味を持ち始めました。障害分野は、今まで馴染みがなかったので、2/3は仕事、1/3はボランティアのつもりで、しばらくやっていって理解を増していこうと思っています。
門前払いはされないけど、求職意欲もないのは見え見えで、採用されるはずもないものでした。
大学時代に、ちゃんと障害者と接したのは一度もありませんでした。それよりも、仕事を通じて、最重度〜軽度のさまざまな障害者を「見る」だけはたくさんしてきました。しかし、知的障害者に対するイメージは漠然としたものでした。
それが実習や面接を重ねてだんだんと、彼らのストレートな感情表現に興味を持つようになりました。興味を持ったのはなぜか?
私は、言いたいことや感情を抑える傾向が強かったからです。このことは、今まで子どもの心について勉強してきたことにつながることでした。今は、「もっといいかげんでいいんだ」「ストレートに出してもいいんだ」と思うようにしています。
彼らを参考にしたい、見習いたい、という意識があり、ストレートだからこそ彼らと接してて「気持ちがいい」と感じるようになったのです。



15-3-2
<履歴書の志望動機の内容>
    知的障害者授産施設で数日間、ボランティアをさせて頂いたことがあります。そのとき、利用者が皆軽度であったからなのかもしれませんが、利用者と共に働き、遊び、話しをすることに私は楽しんでおり、それが自分でも驚きを得ました。
    授産施設はもともと企業色のある施設だと認識しています。4年間の企業就労の経験も役立てられると考え、授産施設を希望しています。
    授産施設での就労が第一希望ですが、知的障害者について勉強するにも、他の施設での就労は重要であり、ホームヘルパー2級を取得していることで、特別養護老人ホームでの就労も適していると考えています。
<面接でアピールした内容>
    障害をもろともせず、というか悪戦苦闘の末、仕事に就いている、できるっていう人もいるけど、まだまだ多くの人が就いていかれないと認識している。
    既存の企業や団体の職務(やり方)に、障害者を近づけようとする努力だけでなく、その人に合った仕事を見つけ出し、そこに付加価値を見出し、それを武器にした経済活動を求めていくのも1つの手段だと思う。
    平成15年から、障害者関係の法改正もあり、これからは認可された法人でも独立採算性が求められる。福祉といえども、利益を求める姿勢が必要になる。そこに、今までの経験を生かしたいと考えている。
知的障害者に対するイメージ、ボランティアでの経験、企業就労経験のメリットをアピールしました。初めて正規職、それも総合施設へ挑んだときのものです。しかしそれ以上のアピールはできませんでした。ヘルパー資格の取得も生かせられませんでした。

<面接官に言われた内容>
  • いくらその人に合った仕事があっても、需要と供給のバランスで、需要がなければならない。具体的に「こういう顧客リストがあって、こう販売できる」というものがあればいいが。
  • 仕事面だけでなく、生活面での処遇はどういうことができる?
  • 利用者の重度化が進んでる。重度者の積極的な活用にどう対応するのか。軽い人はどんどん街で生活していく。グループホームに住む。仕事は授産施設で、というのもあるし、就労もある。重度者ほど施設に残ることになる。
  • 仕事面でも、何の仕事ができるのか?陶芸ができる、機械工作が使える、営業・販売が拡大できる見込み・方法があるなど。



15-3-3
<履歴書の志望動機の内容>
    企業就労を経験してみて、企業の性質を考えてみると、障害者の就労は、好況不況を問わず、難しいものだと感じます。授産施設は、就労のための訓練施設ですが、私は、障害者の就労場所として発展していってもいいのではと考えています。
    企業就労に適応できるように訓練するだけでなく、各利用者がやりたいと思い、できる作業を見出して提供するには、各利用者の意欲を見出し、引き出すサポート役に徹し、その仕事を見つける営業マンとなるような職務を目指したいです。
障害者が置かれている立場を理解し、社会の状況を認識し、施設の役割を認識した上で今後のあり方、目指す方向を提示したものでした。

ここで採用となりこれ以上の推考がなくなったので、最終的に出来ばえがどうであるかは、私にはわかりません。
就職した今となっては、こんな展望は考えてもいません。ハッタリにすぎません。それよりも、目の前の事象の処理で手一杯です。


16 結局、何が決め手になるかわからない
採用された施設は30名定員の知的障害者通所授産施設で、町が設立した作業所が発展したもので、今もその作業所が併設されており、グループホーム・地域ホームにも携わってます。

今回私は、何を評価されて採用となったのか、イマイチわかりません。
面接型としては、施設長がほとんどしゃべって終わったケースでした。「職員に気に入られても、利用者に気に入られなければ仕事はできない」と言われ、面接後に実習を求められました。私の住まいは千葉県で、この施設は群馬県です。

さいわいこの施設には、寝泊りできる設備があり、自炊も可能でした。毎日弁当を買いに行くのも距離的にも面倒だし、お金ももったいないので、台所もあることだし、普段ゴハンなんて自分で作らないので、せっかくの機会だから自炊しようと思いました。
初日の夜に材料を買いこんで、毎日ラーメンを作って食べました。私のこの行動にはここの職員も興味を持ち、感心する人さえいました。まずはこれが評価されたようです。

平成13年度からもう一つ、地域ホームが開設されるとのことです。
ホームの専属の男性職員となると、30代の働き盛りの男性は家庭を持っていて、グループホームなどに住込んでの仕事はなり手がいなく、どうしても経験の薄い20代前半か、子供の手を離れてラクになる40〜50代になってしまうそうです。
では私は独り者で、群馬に転居したら一人暮らしになって、身軽な身分だからいいのかってことになるし、たしかに今は全然結婚なんて話はないからいいけど、今後どうなるかわからないし(わからないことにしたいね)、そんなのでホームの職員候補にさせられていいのかって思いました。

利用者の事業活動に、役場から依頼されてる公園のトイレ清掃があります。私はこれを難なくこなしたり、寝泊りしたところもそんなにキレイといものでなく、それでも難なく過ごせたことに、キタナイのも平気だという評価を得ました。
私の視点は生活面に重点があり、ゴミのことや食事のこと、掃除のことなど、普通の30才ぐらいの男性では感心のないことを私は興味を持っており、これもホームの職員として最適だと評価されたようです。

あとは実習中の私の行動で、利用者に拒否されないの言うまでもないけど、関わり方がどうであったのかを見て、それも評価されたはずだと思うのだけど、これはよくわかりません。

後日談で施設長は私のことを、「フラッとやって来て、フラッと実習していった」という感じだったのだそうです。確かにそうです。
この施設に面接に行ったのも、まずは群馬の就職フェアで求人票を見て、条件に合うのがここしかありませんでした。フェアの会場から福祉人材センター(群馬はマンパワーセンターという)までわりと近いので、その施設の資料を見るついでに、他に条件の合うところがなければここへ面接に行く紹介をしてもらおうかなと、気軽にマンパワーセンターに行きました。
その頃はもはや達観していて、面接に行くのもアピール技術を磨くため、数をこなすため、私は学生の頃も社会人になってからもボランティアをしたことがなかったので、実習はボランティア経験を積むもの、という意識になっていました。
「就職を希望してます!」というスタンスが薄く、遊びに行ったようなものでした。それで実習の最終日に、その場で「採用」を頂いてしまったのだから。なにが幸いして、なにを評価されるのかなんて、まったくわかんないものですよ。
本当に、拾ってもらったようなものでした。
ちなみに、大型免許は必要ないし、使う機会もありませんでした。


17 ホームヘルパー2級はムダではなかった
うちの施設の職員は、3分の1がヘルパーの資格を取得しています。知的障害者施設といえども身障も併せ持っている人もいるので、介護的ケアが必要です。

これは、ヘルパー研修で習ったことです。
  • 話しを聞いて欲しい→関わりを持ちたい
  • 痴呆の対応→「非」5原則
    1. バカにしない→年相応な態度
    2. 特別視しない→対等
    3. 怒らない→怒るというのは、考えてもらったり反省してもらうなど、学習のためにするものである。だが、考えられなかったりわからない人に怒っても無意味で、「敵」だと思われるだけである
    4. 拘束しない→欲求を抑えれば、余計に欲求は増大する
    5. 否定しない→理屈で考えられないので
  • 問題行動は、一緒にその幻覚の世界に入り、安心させることを繰り返すことによって問題行動が減っていく
普通の感覚では理解不能な対象者の言動にも、必ず原因・バックボーンがあります。対象者の立場になって、何をしたいか、何を必要としているか、何がイヤかを考える必要性があることを学びました。

知的障害には心の障害(問題)もあり、子ども・老人、年齢にかかわらずその根底は同じであり、自閉症にも役立つ講習がありました。
  • 愛嬢飢餓感、欲求不満が強いと、人間関係の希薄、不信感が生じます。

  • 思いが通じないと、あきらめが生じます。

  • 前向きに生きるには、意欲を持つには、自助し、他者の援助を必要とします。