心のうちがわかってもらえず、つらい


私たちおとなは、子どもの気持ちを知りたいと思っています。子どもの心の中にあるものを話してもらいたい、そして解決してあげたいと思っているのですが・・・・・・。

T子さんは中学二年生のとき、右腕が脚れて強い痛みに悩まされるようになりました。小学生のときの交通事故の後遺症の可能性があり、入院してリハビリ中心の治療を行っていました。ところがなかなか腫れと痛みがよくなりません。心理的な要因が症状を強め、回復を遅らせているのかもしれないということになり、心理療法を行うことになりました。心理室にやってきたT子さんに家族のことや学校のことをたずねるのですが、
「お父さんやお母さんは自分のことをとても心配してくれるし、なにも心配なことはありません」
と言います。

子どもたちとの付き合いが長い私たちの直感からすれば、何もないようには思えません。いくら聞いてもそれ以上のことは話してくれそうもありませんでしたから、あえて聞き出そうとはしませんでした。いつも緊張しているT子さんの心と身体をリラックスさせる必要を感じましたので、リラックスする方法の訓練を開始しました。やがて表情が固くていつも構えているようにしていたT子さんも、気持ちが楽になってきたらしく、陸上部の部活が厳しくてやめたかったけれどやめると根性がないと思われそうで悩んでいることや、成責が落ちてしまったことなどを話してくれました。その頃から少しずつ痛みがやわらぎ、目に見えて腫れがひいていきました。
「自分でリラックスする訓練を続けていけば、学校に行けると思う」
と話すようになった頃、退院が決まりました。

それから五年後、大学生になってすっかりおとなびたT子さんが突然訪ねてやってきたのです。話したいことがあると言うのです。
「あの頃、両親はいつも言い争いをしていました。離婚話が持ち上がっていたんです。私はとてもつらかった。家を出たいと思ったこともあったけれど自分一人では生活できないし、悩んでいたんです。痛みが続いたのは、家に帰るのが嫌で入院していたかった気持ちも関係あったと思っています。それより、お父さんもお母さんも大好きだったから、どちらとも別れたくなかった・・・・・・」

実を言いますと、T子さんの症状にそうした家庭状況がかかわっているだろうということはわかっていました。T子さんに、どうしてあの頃話してくれなかったのかをたずねてみることにしました。
「あの頃は自分でも何がつらいのかがわからなかったんです。混乱していたと思うし、話すのがつらすぎて話せなかったような気もします。でも今ならあの頃の自分のことがよくわかるし、話せると思ったので、聞いてもらいたくてここへ来ました」

五年たって、ようやくT子さんは自分の気持ちを言葉に表すことができるようになったのでした。話すことで楽になるとは限りません。立ち直って話せる元気が出るまで待つのも大切なおとなの役目なのです。そして話せないほどのつらさを知って無理に聞かないことも大切な思いやりなのです。

中学三年生のU夫君が学校へ行けなくなってやってきました。U夫君と初めて会い、家族のことや友だちのことをたずねても何も言いません。しかしその表情からは、言うもんかといった反抗的なものでないことがわかります。うなだれた様子に「学校に行くより、学校へ行かないほうが苦しいんだね。ずいぶんつらかったね」と話しました。それにも何も言わずに帰って行きました。二週間後一人でやってきたお母さんは、
「U夫が少し話をしてくれました。『学校に行けなくなってから、お父さんやお母さんに、なぜ学校に行かないのかと登校しない理由ばかりをたずねられてきた。同じことを学校でもきかれたけど、自分でもわからないから聞かれるたびにつらかった』と言うのです。ここへ来たときも、『きっと同じことを聞かれると思っていたのに、先生はつらかったねと今の自分の気持ちをわかってくれたと思ったらすっとした。それがとても嬉しかった』そうなんです」
そして、
「私もこれからは学校へ行けないつらさをわかってやれる親でいたいと思います」とお母さんは話してくれました。

今学校に行けない子どもの行動に注目すれば、「なぜ学校に行かないの?」とたずねたくなります。学校に行かない子どもをわかろうとすれば、苦しんでいる子どもが見えてきます。子どもに必要なことは、原因を突き詰めてもらうことではなく、今の自分の気持ちをわかってもらうことなのです。

本当につらいことは言葉にできないことがあります。何とか原因を知りたいと無理に聞きだそうとすると、子どもは心の糸口が見つからないままに、途中から糸をぷっつりと切って、自らも納得しようとしてしまうことがあります。そうすると、心の中に割り切れないものがくすぶってしまうのです。学校へ行けない理由を担任や親に何度も問いただされ、「いじめられているんじゃない?」とたずねられて、そうに違いないと思い込んでいるおとながそばにいたりすると、子どもはそういうことにしちゃったほうがいいみたいだとか、そんな気にさせられたりすることがあります。原因がわかったと思い込んで、転校させたりしてもやっぱり学校に行けなかったということは珍しくありません。子どもの中で心の葛藤が熟成するまで待つゆとりも必要なのです。
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