子へ愛情を持つ度合いは、出産直後にキーポイントがある 近代の医学や医療では、健康な赤ちゃんが生まれますと、「元気な赤ちゃんですよ」とか、「男の子ですよ」、「女の子ですよ」といって、お母さんに赤ちゃんをみせたあと、すぐに新生児室へ引き取られます。翌日からは、母子はそんなにいったりきたり接触はしないで 退院のときにはじめて 赤ちゃんがお母さんのところへ返されるのです。そういうのが、ふつうの産院のあり方です。新生児室は温度も湿度もよくコントロールされていて、さらに滅菌された部屋なので、赤ちゃんの健康を維持するには、最適な条件がととのえられているわけです。一週間ほどの入院の間は、ときどきお母さんがみにいくとか、授乳のときだけ赤ちゃんをちょっと預かって、またすぐに新生児室に返すというのがふつうなことなのです。そして、母親のところに赤ちゃんが戻されるのは退院のとき、約一週間ぐらいのブランクのあとなのです。 こういう出産直後の人間関係、母子関係、あるいは健康管理というものが自然なことなのか、不自然なことなのかということを、調べようと考えた研究グループがありました。近代的な病院で長い間おこなわれてきた、出産と入院中の母子の関係が、その後の心身の健康や親子のあり方として、広い視野からみて、本当に最善なのか、もしかして、不自然なやり方なのかもしれないと考えた研究者たちがいました。 そこで、こういう突験がおこなわれました。赤ちゃんが健康な状態で生まれてきたときには、お母さんのところへ出産直後から退院まで、ずっと預けっぱなしにしておくというグループと、従来どおり、赤ちゃんが生まれると一目みせてすぐ新生児室へ引き取って、翌日からは授乳のときだけ連れてくる、そしてお母さんへ赤ちゃんを戻すのは退院のときというグループ。この二つのグループにわけて、その後ずっと母子を学齢くらいまで、追跡して観察をしていきました。そうしましたら、当初に予想や想像された以上に、二つのグループに大きな差がいろいろと観察されたのです。 たとえば、偶数日に出産した人はAの方法で、奇数日に出産した人はBの方法というように、いってみれば、それまでどおりの普通群と新しいやり方の実験群にわけたのです。普通群は従来の産院でやってきた方法、実験群は生まれるとすぐお母さんのもとにおかれる方法です。出産日が偶数日であれば従来の普通群、奇数日に赤ちゃんがたまたま出産すれば、それだけで実験群のほうに入ってしまうわけです。もちろん、どちらかの方法に最初から強い希望をもっている人には、その方法で出産後の母子のケアーがおこなわれたことはとうぜんです。 ですから、従来どおりの偶数日群も、あらたな実験群も、とくにどういうタイプのお母さんであるとかは考えられなくなるわけです。塩の満ち引きなんかいろいろあったりして、偶数日にはどういう体質の人が出産するなんてことを、いう人がいるかもしれませんが、まあそんなことまでは、あまり考えなくてもいいとしましょう。 経過が順調ですと、一週間ほどして退院していきます。そして、母子の定期健康診断をしていきます。とくに子どもの健診だけでなく、母親の育児態度もみていくのです。一か月健診、二か月健診、三か月健診をというぐあいに、母と子をフォローアップしていくわけです。健診の場所はくふうがなされていて、乳児を診察するための診察台や身長・体重の計測器などを、一定の条件で配置しておくわけです。そして決まった手順で赤ちゃんを引き取って、診察していきます。さらに、その様子をビデオテープでずっと記録しておいて、あとでその内容を検討するのです。 それでわかったことは、普通群のお母さんは、「さあ、赤ちゃんをこちらにください」と看護婦さんに言われると、さしだされた看護婦さんの手に赤ちゃんを、さっとわたしてくれる、そういうお母さんが多いということがわかりました。ところが、実験群のお母さんのほうは、「さあ、どうぞこちらに」と看護婦さんが手をさしのべても、診察台まで、自分で連れていこうとするお母さんが多いのです。そして、赤ちゃんの着ている服を、自分でぬがせようとするお母さんが多いのです。普通群のお母さんは、看護婦さんに預けっばなしでみている人が多い、そして、物理的にも心理的にも、実験群の母親よりやや客観的にみているのです。 実験ですから、診察室には意図的に一定の条件や設定がなされてあります。衝立なんかも立てまして、その裏側に体重や身長をはかる計測器をわざとおいておくのです。そしてお母さんにひとこと、「ちょっと身長と体重をはかりますからね」といって、看護婦さんが赤ちゃんを衝立の裏にすっともっていくわけです。 普通群のお母さんというのは、わりあい「はい」といって、そのまま待っていらっしゃる。ところが実験群のお母さんの多くは、衝立の裏側をのぞきこむということがわかりました。それから、診察がもうそろそろ終わりそうだなと思うと、実験群のお母さんはすばやく赤ちゃんのところに寄ってきて、自分で服をまた着せようとします。普通群のお母さんは、看護婦さんが着せて、戻してくれるのを待っている傾向が強いです。おおぜいの母親で観察しますと、はっきりそういうちがいがでてくるわけです。 こんどは家族の了解が得られた場合だけですが、おなじようなことをおなじような事例で、つぎのような観察がなされました。家庭のなかに常設のテレビカメラを設置し、母親の育児行動のすべてを一定のやり方で、可能なかぎり記録したのです。 その観察の結果でも、実験群と普通群のお母さんの間には、かなりはっきりした相違がでてきました。たとえば実験群のお母さんは、赤ちゃんが泣くとすぐやってくるのですね。ところが普通群のお母さんのほうは、どうも赤ちゃんのところにくるまでの時間がかかる、ということがわかりましたし、しばしば、やってこないことさえあるということもわかりました。 ようするに、赤ちゃんが泣いてお母さんをよぶと、すばやくやってくるほうが実験群の母親に多く、反応がにぶいお母さんは、明らかに普通群に多いというわけです。そして、おむつを取り替えたりするときにも、赤ちゃんが言葉の理解ができるできないに関係なく、いろんなおしゃべりや言葉かけを多くするほうが実験群であり、少ないほうが普通群のお母さんに多いのです。これらは平均的な傾向です、そうでないケースはたくさんありますが、一般的にはそういうこともわかってまいりました。 そのほかさまざま、ずいぶんいろんなことがわかってきたのです。それで、出産直後から母子がいっしょにいないことの不自然さということに、専門家の注目があつまってきています。そして、出産直後からの母子関係のあり方が、その後の育児行動にしらずしらずのうちに、無視できない大きな影響が与えているということを、その研究は示しているのだと思います。 ですから、今日では、できることなら出産直後から、お母さんがすぐに育児をしたほうがいいという考え方は、ほぼ常識なのです。けれども、産院によってはサービスのつもりで、母子ともに健康なのに、お母さんは退院して家へ帰ったら、また育児や家事がたいへんなのだから、病院にいるうちぐらいゆっくり休んでいきなさいといって、新生児室で面倒をみてくれる産院が少なくないのです。しかしそういうことが、その後の母親の育児機能に与える影響というのは、おそらく無視できないほど大きなものがあると思います。そういうことが、だんだん明らかになってまいりました。 |
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