彼氏彼女の事情(番外編)

(有馬)
これは 僕がきみに出会う話

春 高校にはいって まだ日が浅い四月
僕はまだ 一人だった

彼女は宮沢雪野さんっといって
今月から僕と一緒に A組のクラス委員になった
いかにも「お姉さん」という雰囲気で
しっかりしていて ものすごく勉強ができる
委員会の仕事もテキパキこなし 聡明で大人な人だ

(有馬)「宮沢さんってすごいよね
 感じいいし およそ欠点っていうものがみつからない
 世の中にはあんな人もいるんだなー」
(クラスの仲間)「・・・・・あア!? 何言ってんの? ありま
 それまんま 自分のことじゃん
 入試トップ! 運動神経抜群! 顔よし! 性格よし! 加えてクラスの人気者!
 かんぺきじゃん!!!
 んなぁに他人に感心しとるんじゃ!
 この学校で 有馬のこと知らない奴 いないくらい有名だぞ?
 宮沢さんと双璧ってかんじだよなー
 女子なんかもー みんな有馬ねらいだしー
 あーむかつく
 ホントだったらマジでむかついてるよなー
 でもなんか 有馬って憎めないよ
 同性の目からみても ヤなとこないし すごいなって思うもん」

(有馬)
きれいな 世界
いつも 僕のまわりには おだやかな空気が流れていた
毎日はとてもたのしくて
いつもしあわせだって思ってた
・・・・・でも ときどき ほんの一瞬 声がした
「おまえ 本当に楽しいのかよ」って

僕のなかには そういうものがあった
まるで とけない氷のように

なぜだろう なにかが ちがっている気がした
このおだやかさは どこかつくりものめいている気がして―――
ともだちに囲まれて 笑いながら
ふいに皆を遠くに感じることがあった

こんな日は 恐くなる
自分が ほんとは なんにも感じてないんじゃないかって 思うからだ
笑っていても ともだちとにぎやかにしていても
それはどこか 心の表面をすべっていて
ほんとはなにも 心の中には届いてないんじゃないかって 気がした
女の子に告白されても まるで心が動かなかった

心の中に 消せない疑惑がある
いつも僕は 一人なんじゃないのか
ほんとうはずっと一人

僕の中には いつもそんな不安があった
なぜ こんなこと思ってしまうんだろう
僕は 人よりも多くのものに囲まれているはずなのに

(宮沢)「じゃあ これを20部ずつコピーね」
(有馬)「ふ―― 疲れたあ」
(宮沢)「有馬くんは 根つめちゃうから大変でしょう」
(有馬)「宮沢さんこそ 忙しいでしょう 勉強も委員会も」
(宮沢)「まあね でももう こんなものだと思っちゃってるから
 ずっとこういう仕事してたから慣れちゃったし」
(有馬)「宮沢さんも委員長体質か
 みんな なんでわかるのか すぐこういうのに選ばれちゃうんだよね
 宮沢さんは 北栄(この学校)一本だったの?
(宮沢)「うん どうして?」
(有馬)「すごく頭 いいじゃない 私立とか受けなかったのかなって」
(宮沢)「うん・・・だってうちにはまだ 下に二人いるし・・・・・ それに
 私はね 勉強にお金をかけないって決めてるの
 親には最小限の金銭的負担しかかけたくないの
 その中で 最大限の勉強をしようと思ってるのよ
 勉強をするときに そういう目的があると 意欲がわくわ
 目標があると 勉強はとても面白いの」
(有馬)「・・・・・・・・・・ 大人だね」
(宮沢)「それはうちが それほど裕福じゃなかったからそう思うだけ
 余裕があったら 私立もいってみたかった
 公立にないカリキュラムとかあって 面白そう
 有馬くんは? 有馬くんこそ おうち病院やってらっしゃるんでしょ?
 公立来るほうが珍しいみたいに思うけど」
(有馬)「うん・・・・・ 僕も 宮沢さんと同じ理由・・・ かな?」

(有馬)
衝撃を受けた
今 はじめて気がついた
僕の隣りにいる女の子が ピンと背を伸ばし 迷いのない目をしていること
すべてを自分で決め 自分で選び
自分の生きかたを はっきりもっている人だってこと
それは僕とは あまりにも違うものだったから
彼女の横顔は つよく印象にのこった

彼女を知りたい
なにを考えているかを知りたい 聞きたい
もっといろんなことを
彼女にも迷いや 不安があるのか
僕が抱えているような 孤独を感じることがあるのかを 知りたい
もっと もっと

のどかな春の日 僕のなかで なにかが変わろうとしていた

有馬へ届いたラヴレター 「放課後、桜並木のところで」
・・・どう言って断ろう
その桜並木のところへ行くと・・・・・ 宮沢さんがいた
えっ 宮沢さんが 僕を!?
嬉しい!

(有馬)「あっ あのっ」
(ラヴレターの差し出し人)「あのう」
(有馬)「えっ?」
(ラヴレターの差し出し人)「ごめんなさい 待たせちゃって・・・・・」
(宮沢)「ああ 待ち合わせしてたの ごめんなさい ちょっと桜をみていたのよ」
(有馬)「え?」
宮沢は去っていった

カンチガイッ
そのとき 彼女を好きだって 気付いたんだ

彼女をつかまえたい
振り向いて欲しい
あの まっすぐな目をした女の子に

きもちがあふれてきて
こんなにはっきりと なにかを望むのははじめて

四月の風が 花びらを空に舞いあげる
満開の桜の下で
僕ははじめて恋をしたんだ

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