彼氏彼女の事情 ACT52

(一馬)
ぼくは何て能天気なんだろ
つばさについて なんとなく不思議に思っていたことが
はじめて 見えた
なぜ一度もそう思わなかったんだろう
つばさが 有馬くんに魅かれないわけないのに

つばさは 強烈に愛情を求めながら
拒んでいる
無理もない
あの頃 父親が ぼくの母さんを選び
有馬くんは 他の娘を選んだ
まだたった一年前の事だ

けど それは 仕方のない事だ
俊春さんには母さんが必要だったし
有馬くんは 彼女を見つけてしまった
その間でどんなにつばさの心が傷ついたとしても
誰も悪くない

なぐさめを言って何になる
ぼくだって つばさを棄てるのに

ぼくは、「音楽」と出会ってしまった

いつか つばさから去るだろう
傷をえぐる
あんな思いをしても それでもぼくに心を開いてくれたのに
それでも迷うことなく「音楽」を選べる
囚われてしまったから

なぜ もっと早く会えなかったんだろう
俊春さんと母さんが もっと早くに会っていれば
なにも知らないうちに きょうだいになっていたら
誰も苦しまずに済んだんだ

窓の外のように ぼくの心にも嵐が吹き荒れた
その日 ぼくははじめて 人の心の裏側を 闇を見た
うまく かみ合わない現実を
誠意も努力も通用しない痛み
長かった ぼくの幸福な少年期は この夜 終わってしまった

今だけは つばさのそばにいたかった
たとえ心は「音楽」に繋がれていたとしても
ぼくは 君の幸せな顔が見たい

寝ているつばさ
彼女に近寄り キスをしようとする

血が燃えた

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