彼氏彼女の事情 ACT69

(有馬)
僕は 覚えていた
西陽 射す あの陰気な 六畳間
一番最初の記憶

蒸し暑い日で
母親にさんざん ぶっとばされた後
だらりと畳にのびて
夕陽に赤く染められた 部屋をぼんやり 見上げていた

幼児の頃の 過去の記憶
母親はひとり アイスを買って食べている
自分にも買ってほしくて ねだる

ドアに鍵をかけ 障子もしめて
夏の昼間でも 窓をぴったりしめて カーテンをひく

―――こんな時は必ず
グチャグチャにされるんだ

僕はまだ2つか3つ
身を守る術を知らず
自分が置かれている状況が
「異常」だということも知らなかった

子供にとって
「家」は世界
「親」は神

だから耐えた

僕の目に 母は美しく
いつもきれいな服を着ていて
この人が いつかは やさしく笑いかけて
抱きしめてくれるんじゃないかって
期待でいっぱいにしながら
じっと部屋のすみで
その瞬間がくるのをまっていた

いつも僕の胸
いっぱいに広がって
時々ぎゅうっとさせるこの気持ちが
「孤独」という名前なんだということも知らなかった

窓から外をのぞくと 近所の子供たちが遊んでいる
その様子にワクワクしながら 外に出ていく
(子供たち)「わぁ オバケだぁ」「にげろー」「きたなーい!」「どっかいけよ!」
あわてて部屋にもどり 自分の顔を鏡で見る
ひくひくと泣き出すと そっと肩を寄せ 見つめる人がいる
(有馬)
だれ?
しらないお姉ちゃん

でも

母の家で気を失っていた有馬
気が付き 夢からさめる
(有馬)
思い出した
全部嘘で
単に 僕が幸せそうに暮らしているのが 面白くないだけだ
それだけで

雨の中をさまよう
幸せそうな家族の様子が見える
(有馬)
忘れていたんじゃない
あまりに痛くて
沈めなければ 生きていけなかった

今なら分かる
「愛情」が欠損した人間がいること
母親は昔も今も
僕を愛そうなんて気は 少しもなかった
ただ 排泄 しただけの―――――

“その程度”の命

雨が止んだ夜明け前 宮沢の家にたどり着く
ペロペロが近寄ってくる
有馬の心情が ペロペロに伝わる
(有馬)「分かってくれるの やさしいね・・・」

そののち 宮沢が起き 窓の外を見る
ペロペロがうつむいている
(宮沢)「おはよ ペロペロ! ・・・どうしたの? 具合悪いの?
 あれ? どうしてここだけ濡れてるの? 有馬!?」
有馬の姿はない

自宅に戻る有馬 心配して 両親ともに出迎える
(有馬)「あれ・・・ どうしたの こんな時間に」
濡れているので 入浴するよう勧められる
(有馬)「おフロ どうも」
(有馬の父)「総一郎 ちょっと座りなさい
 正直いって戸惑ってるよ
 なぜ今まで 私達になにも話してくれなかった
 どうして 隠したりしたんだい?
 いつから あの女と会ってたの」
(有馬)「あ」
思わず立ち上げると 腕をつかまえられる
(有馬)「なんでもない なんでもないよっ」
(有馬の父)「私たちは 君を責めてるんじゃないよ さぁ 座って
 全部話してごらん それから一緒に考えよう」
(有馬)「なんでもないったら!」
思わず有馬の頬をたたく母
(有馬の母)「・・・なにがなんでもないですか
 どれだけ心配したと思ってるの
 いつもそう 私達にはなにも話してくれない・・・・・・
 そんなに私達が 信用できないの!?」

有馬は再び 家を飛び出す

(有馬)
全ては 動き出してしまった
もう 嘘ではごま化せない

それがとても
―――怖かった

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