彼氏彼女の事情 ACT86

総一郎に向かって
(父・総司)「怜司のことを話すには まず有馬の家のことから始めなきゃならない
 わたしの父親 きみのお祖父さんの話を――――――」

ここからは 総司と怜司、詠子 その父にまつわる過去の話と
現在の話が 同時に進んでいく

(総司)
有馬家は江戸時代 さる藩の御殿医として大名家に代々仕え
今は都内で病院を経営している まあ それなりの家だ

家族は父と母 一つ年上の姉・詠子 妹がふたり
だから生まれたときから 僕の人生は決められてしまった

家を継ぐことに不満はない ただ
この父親が 僕をいつも悩ませた

(父・総司)「これが父の若い頃の写真」
(総一郎)「も 物凄い いい男だね ちょっと怜司に似てるかな・・・」
(父・総司)「近くで見ると ゾッとするくらい整った顔をしていたねぇ
 そして 総てにおいて完全なひとだった
 優雅な身のこなし 上品な趣味
 英 仏 独 露 中 5か国語を自在に操る知性 幅広い人脈
 もちろん外科手術の腕は一流 経営手腕にも優れていた

 彼の周りは いつも華やかな人々であふれていて―――
 そんな人間の子供になるのはみじめなものさ
 4人の子供は 誰も彼に似なかったんだから」

(総司)
もともと 有馬の人間は“そこそこ”くらい
必死で頑張って10位以内
わたしや姉は 一族ではずいぶん優秀なほうだったけれど

父は 平凡な子供達に 少しも期待してないかんじが辛かった

父は家族に対し どこか冷たく
それは両親の結婚自体
製薬会社の社長令嬢であった母が
父に惚れ抜き 強引な手段で進められたものだといういきさつから
仕方ないのかな、と思った

両親は 僕の目にもうまくいっておらず
もてる父が 外に女をつくり
母が怒鳴り込んで別れさせたなんていう醜聞は
子供の頃から僕の耳に入ってきていた

不思議なことに 暗い家庭や 陰険な有馬一族のなか
僕の気質が楽天的で
それでも人生は楽しかった

姉の詠子は 勝ち気で気難しいところもあったが 僕とはうまが合い
姉妹のなかで 一番仲がよかった
彼女は強烈に父を愛していたので 彼の愛を得るために
血のにじむような努力をしていた
けれど想いは 冷たくはねつけられて
繰り返し傷つくんだ

姉は意地悪く生まれたわけじゃない
僕には 力強くはげまし支えてくれる姉だった
僕の目には 純粋で 傷つきやすい 愛情に飢えた少女だ
生きるのに不器用なだけだ
繰り返し繰り返し傷つきながら
少しずつ姉が ヒステリックに 意固地になっていくのが
やるせなかった

(父・総司)「だからって 総一郎を目の敵にしていいという理由にはならんがね」

ある冬のこと
(総司の父)「詠子は 卒業したらどうするの」
(詠子)「わ わたしは医大に行くつもりよ 仕事をするの
 外科医になって お父様のお手伝いがしたいわ!」
(総司の父)「・・・・・・ 君は医者には向いてないね 他のものになりなさい」
(総司)「なんで そんな言い方するんだよ 何様なんだよ!!
 人の心も分からないくせに!」

(総司)
その後 姉はエスカレーター式で女子大を卒業し 見合いをし
父にすすめられるまま 他家へ嫁ぎ―――――
僕は父と 口もきかなくなり
ひたすら医大で学び 医者になり―――――

わたしは家を出 妻と新しいくらしをはじめ
初めて 家庭のあたたかさを知った
悩みといえば なかなか子供ができないことくらい

義務を果たし 誰かに家をゆずってしまって 解放されると思った
―――まさか 「直系」の跡継ぎがいないということが
「彼」の立場を危ういものにすることになるなんて

跡を継いだ病院で
(詠子)「総司!」
(総司)「・・・久し振り どうしたんです 姉さん」
(詠子)「やっぱり あんた全然知らないのね のん気なんだから まったく!
 お父様がね 愛人に産ませた子を 本家に住まわせるっていうのよ」
(総司)「そんなもん いたんですか あの人 子供嫌いなんだと思ってたけど」
(詠子)「女は山程つくったけど 子供を産ませたことはなかったからね
 ―――だから問題なのよ・・・」
(総司)「男の子ですか・・・」
(詠子)「察しがいいわね そうよ わたしは うちの息子にこの病院 継がせたいって思ってる
 そんな子 邪魔よ ―――でもね それだけじゃないの その子の名前・・・
 『怜司』って言うのよ・・・」

総一郎に向かって
(父・総司)「―――『怜司』という名には 一族を刺激するだけのわけがあった
 『総司』と『怜司』は 揃いになっていて 愛人の子を本妻の子と同列に扱ってる
 そして父の名は 有馬怜一郎・・・
 『怜司』は 誰が考えたって 父に愛された“特別な子ども”だよ」

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