彼氏彼女の事情 ACT88

(父・総司)「怜司はもう 怯え泣いていた子供ではなくなった
 自分を不幸にしようとするすべてに
 せせら笑うことで挑んでいた

 わたしは そんな怜司を危ぶみながら
 その華やかな 強さ 個性に
 魅かれてしまったんだ・・・・・・」

そう話す父の顔を見ながら
(有馬)
父さんの表情に しだいに苦し気なものが 混じっていった

(総司)
父は 怜司以外 目に入らないほどの溺愛ぶり
これがあの 冷たい父かと 内心複雑な思いだったが
以外にも 怜司は父を嫌っていた

一度理由を尋ねたことがある

(怜司)「オレは 父親も母親も嫌いだぜ
 似たもの同士 傷をなめあう関係なんて 醜いじゃん?」

(総司)
怜司はなにを見てきたんだろう
所詮 跡取りとして守られた人生を歩いてきた僕には
共有するものが無いのだった

口が過ぎる怜司と それなりにうまく世話をしていた妻・志津音
総司との会話で
(志津音)「あの子は 私達と “家族”になってはくれないわ・・・
 本当は私のこと 好きじゃないもの
 覚えていてね あの子が好きなのは あなた

 闇い世界のなかで 歪みなく真っ直ぐ育った優しい“兄さん”だけが
 心を許せる 頼るべき光なの
 難しい子だけど 強いもの 心配しないでも ちゃんと伸びていくわ
 そしていつか とても魅力的な男になるわ」


本宅の中を歩いていると ピアノの音が聞こえてくる
(総司)「・・・・・・・・・・・・・・・・ 何 これ」
(怜司)「ピアノ」
(総司)「怜司が弾くの?」
(怜司)「母親が弾く女で 教わってたんだ
 思い出すからやりたくなかったんだけど・・・ なんだろう 血かな」
ピアノを弾いてみせる
(総司)「すごーいっっ はんぱじゃない腕じゃない もっと弾いてよ」

(総司)
ピアノへの没頭ぶりは凄まじく 昼はつとめて 夜は目のさめたるかぎり 弾きまくり
正確な技術の上に展開される豊かな表現は
しろうとの僕の耳にも 非凡なものを感じさせた
ただし それは万人うけする才能ではなかったけれど

怜司にとって ピアノは感情の捌け口でしかなく
音に内面の屈折が素直に現れ
その “悪意の”ベートーヴェンだの “狂気の”ショパンだのは
善男善女の眉を雲らせたが
その奥には 繊細な神経と 高尚な魂の存在が
たしかに感じられるんだった

――――――非凡な

怜司は 父と僕の卒業した伝統校の中等部に トップ合格した
そのころから怜司は 精神的にも安定し 背が伸びだし
本来の美貌がきわ立ちはじめた

怜司は 何においても秀でていた
怜司を賞賛する多くの声
(総司)
僕はもう 分かってる
またこの先ずっと この言葉を聞かされつづけるんだ
人に会うたび 道をあるくたび

長年かけて築いてきた評価も 一瞬でかき消える

子供あいてに 大人気ない
けれど 自分の中の何かが硬直して うまく向き合えない

病院の中で
(総司)「何しに来たの?」
(怜司)「なんだよー その言い方 つめたくない!?
 このごろちっとも顔見せてくんないから来たんだよ」
(総司)「ごめん・・・ 忙しくて」
(怜司)「いいけどさっ ねえ 帰りになんか食わせて
 あれ この書類 ミスあるぜ しょうがねぇなぁ しっかりしてくれよ おニイさん」
(総司)「悪かったねぇ つまんないミスして 僕は君とは違うからさ」
総司の表情がこわばる

(総司)
つまらない一言だったよ
でも それで充分だった
たったひとり信じられると思った兄が

自分のことを拒絶した

・・・・・・・・・あの家に巣くっていた“闇”は
わたしの心にもあったんだ・・・

気付いた時には
遅かったよ

PREV.TOPNEXT