彼氏彼女の事情 ACT92

駆け足でアパートの階段を上り あわててドアを開ける
目の前に ひざを抱えて座る怜司と 寝ている総一郎がいた

(怜司)「ずっと思ってたんだ
 もしオレが 兄さん夫婦のところに生まれてたら
 なんの問題も起きなかったって
 そうすれば だれもこれほど傷つくこともなく
 オレはまともな人間に

 あの家は きっとずっと以前から
 親父やオレ達が味わってきたような不幸な行き違い
 愚かな間違いを
 正すことができないまま 繰り返しているんだと思う

 オレはそれを止めたかった
 あの家がオレを絶望させようとしても
 決して取り込まれはしないと
 それができれば・・・
 オレは オレを苦しめ続けた自分の人生に復讐できる

 ・・・・・・・・・ なのにどうして・・・
 あのとき あの家の“闇”につかまったんだろう・・・・・・」

怜司のことを見ることなく話はじめる
(総司)「それでも この子にとって 君は・・・ 生き地獄につき落とした鬼だよ
 よしよし 心配いらないよ ・・・さあ おじさんと行こうか

 この子はわたしが育てるよ
 新しい環境を与えたい
 分かっているだろうけど この子の前には現れないでくれ
 ・・・ずっと君を見守っていきたかったけれど・・・・・・・・・
怜司の表情が変わる 総司は振り向くこともなく言い終わる
 さよなら」

独りとなった怜司
泣くが 嗚咽で声にならない
すぐに外に飛び出し 何度も兄を呼ぶが
雪が強く降り続ける先へは 行くことができなかった

(怜司)
兄であり 医師であり 父親でもあった人
すべてからオレを守ってくれる唯一の――――――


(父・総司)「・・・結局 わたしはそうやって 怜司を見棄てたんだ 絶望のなかに
 はじめに “闇”につかまったのは わたしだったのに・・・
 あのときわたしが間違わなければ・・・
 怜司を苦しめずに済んだ・・・

 ・・・総一郎 すまない・・・
 君がこんなに苦しんだのも ・・・わたしが・・・」
そっと父の背中に手を回し
(有馬)「そんなこと思わないよ 怜司だってそうだ
 お父さんは いつだってよくしてくれるのに
 僕と怜司が苦労かけてるだけだ

 話してくれてうれしかった
 僕は二人の父親が 本気で守ってくれた倖せな子供だってわかったから・・・」

まだ 祖父・怜一郎が生きていた頃
(総司)「・・・ほら 総一郎 おじいちゃんだよ」
(玲一郎)「君は 『総一郎』というの? いい名だね」

(有馬)
―――ひとは生きていく
出会いと別れを繰り返し
ほどなく祖父は他界した
僕は 一度だけ会ったこの祖父を覚えていない――――――


幼かった総一郎が 蓼科の別荘に行ったとき
そのとき 願わずとも出会ってしまった総一郎と怜司
心を引き裂かれるような音に なす術もなくなった総一郎
ピアノのある別邸から 総司が総一郎を連れ出す

(総司)「・・・さっきは済まなかったね こっちに来てるとは知らなくて」
(怜司)「いや ふっくらしてかわいくなってた 元気そうでよかった
 兄貴 オレ ニューヨークへ行こうと思うんだ
 日本にいてもしかたないし やってみたいことあるから・・・
 少し資金用立てて欲しいんだ」
(総司)「・・・・・・そう かまわないよ 気をつけて・・・
 ニューヨークが君にとって いい街になるように・・・」

(総一郎)
父と怜司は会うこともなくなり
苦しい心を抱えて生きていく
それきり音信は途絶え 時が流れた

僕が育ち 怜司に似てくるほど
今頃どうしているかと胸が痛んだそうだ

ズタズタの心のまま
どうやって生きていったのか
そこでなにがあったのか

ただ 怜司が ブラウン管のなかに映しだされたとき―――
驚くと同時に
いつかは
怜司がその強烈な才能を開花させ
こんな風に目の前に現れることを
知っていたような気がする
と父は言った

でも
なぜ突然怜司が
総一郎に会いに来たのか分からない
それが心配だと

心が離れて
長い時間が流れてしまったから―――・・・

PREV.TOPNEXT