彼氏彼女の事情 ACT94

(父・怜司)「日本へは こいつを殺しに来たんだよ」

(総一郎)
それが はじめて「家族」が揃ったときだった

(母・涼子)「古臭い冗談やめてよね そんなの本気にするわけ」
乾いたパンッという音 それと同時に 涼子の左耳から血が垂れる
(母・涼子)「・・・・・・え? あ あ いや――っ きゃ――っ」
(父・怜司)「馴れ馴れしい口 きくんじゃねえよ
 ひとの人生狂わせやがって オレがおまえをなつかしむと思うか
 お前さえいなければ 今頃倖せな人生送ってた

 ―――――オレにはひとつだけ 心に決めていたことがあった
 “生涯 子供を持たない”
 そうすれば 不幸が繰り返すのを止められる・・・・・・・・・
 どうしても果たしたい 生きる目的だった

 だから 自分に子供がいると知ったときは 絶望したね

 カネ目当てでオレを嵌めやがって・・・
引き金を引く音
 オレから奪った人生を
 その命で償え」
再び 銃口を涼子に向ける
(総一郎)「怜司だめだ!」
(母・涼子)「なんであたしだけ悪くいうのォ!? あたしだって不幸だもん
 殺すなら あたしをこんなふうにしたひとにしてよ!」
(父・怜司)「不幸? ああ たしかに昔は不幸だったかもしれねえなあ
 だが『新しい不幸な子供』を生んだ日から
 オレもお前も立派な『加害者』だよ 赦されない」
(総一郎)「どけ!」
(父・怜司)「いやだ!」
(総一郎)「かわいそうなひとだよ 見逃してあげなよ
 復讐したって 過去が変わるわけじゃない
 こんなことして 本当に人生狂わすことない」
(父・怜司)「おまえ それでいいの
 オレはいいぜ ニューヨークにいるからな 困るのはおまえだろ
 こいつは欲望だけのバケモンだぜ 反省なんかしねえよ
 反省する気のねえやつは 改心もしねえよ
 ここで見逃したら こいつまた おまえのとこ来るぜ
 利用したくなるたび おまえのところへ来て 生活かきまわすぜ
 おまえ それに耐えられる?

 オレは知ってる オレだけには分かる
 おまえが受けた傷は のり越えることはできても
 生涯心から消えることのない 根の深いものだ
 今はいい でも長い人生のあいだ
 この女が現れるたび 生活をかきまわされ疲れていって
 少しずつなにかが狂っていって
 いつかまた “あの家の闇”に呑み込まれる日が来ないと 言い切れるか?」
怜司に石を投げて
(母・涼子)「バカヤロ――――― テメエが死ねよ」
(父・怜司)「だからさあ オレがそれ 終わらせてやるよ
 あの女が消えれば おまえの苦しみは消える
 だから 闇はおまえをつかまえられない
 『苦しみの連鎖』は ここで切れるんだ
 これが オレが親として ひとつだけおまえにしてやれることだよ」
引き金を引く瞬間 有馬が動き出す
パ―――ンという音
有馬に邪魔された銃は 狙いが外れ 涼子は逃げ去ろうとする
(父・怜司)「畜生! まて まてよ」
怜司を抑える
(総一郎)「もういい」
(父・怜司)「馬鹿野郎 殺さなきゃ終わらない 終わらないんだ!」
(総一郎)「僕は平気だから」
(父・怜司)「てめえ! 今度こいつの前に現れてみろ! ぶっ殺してやる
 殺してやる 地の果てまでも追いかけて 必ず殺すからな!

 ・・・・・・畜生 また また繰り返す」
頭を抱え 膝を落とす
(総一郎)「繰り返さない 僕はもう 過去にはつかまらないから
 最高の父親が来てくれたから・・・・・・」
膝を落とした父の上から 穏やかな顔をした総一郎が抱きしめる

(父・怜司)「・・・・・・オレはずっと おまえが生まれたことを 悔やんでばかりいた
 あの“まちがい”さえなければ 倖せになれたはずだと

 すべてを失くして みじめな思いでニューヨークへ渡り
 ガキのことなんて すぐに忘れた
 ニューヨークで感情を吐き出すだけのピアノを弾いて
 それでもなんとか食えるようになった

 12年経ったある日 ふとおまえのことを思いだした
 今頃どんな風に育っているかと
 ちょうど オレが子供をつくった歳だ 興味が湧いた
 オレは おまえが十六の時に 一度会いに行ってるんだよ

 きっと総司のもとで 倖せに暮らしているんだろうと
 兄さんに任せたから充分だろうなんて思い込みが いかに甘かったか知ったよ

 なぜ自分だけが不幸だなんて思えたんだろう・・・
 暗闇につき堕としたオレしか おまえを本当に救えるものはいないのに
 いつかそれを果たそうと 時々おまえの様子は調べさせて知っていた

 ピアノの音が変わったのはそれから ・・・・・・・・・・・・
 オレにはよく 分からない・・・・・・

 オレが描いてた倖せは 兄貴の傍で静かに暮らすこと
 でも今 自分に唯一残されたピアノで こんなにひとから愛されてる
 それを与えてくれたのは オレの人生を狂わせたはずの息子だった

 おまえと過ごしていたあいだ オレは楽しかったよ
 そして今 救いに来たオレが おまえに許されて救われた・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・オレは・・・ 倖せじゃないか・・・・・・
 昔描いた倖せよりも 今のほうが ずっと

それまで泣いていたのが 表情が明るくなり
 おまえが生まれてきてくれてよかった・・・・・・・・・」
息子を笑顔で抱きしめる

(総一郎)
きっとなにが幸福で なにが不幸かなんて
ひとの手の及ばないところにあるんだ
自分に こんな幸福な日が訪れるなんて思わなかった・・・・・・・・・・・・

あの日 僕達は長い苦しみから解放された
闇を怖れることもない

心は もう満たされてしまったから

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